名簿についての記述
私たちは、泣き、笑い、怖がり、希望を持ち、残酷なことを考え、ロマンスを楽しむ。
それらすべてを、自由に行うことができる。
子供たちは、おとぎ話という安全地帯の中で、怪物や悪党への未知の恐怖を経験する。
そして、子供だけでなく大人たちも、架空の物語の中で、何か別のものになり、どこか別の場所へいきたいと思っている。
私たちは、フィクションの世界のおかげで、毎日の生活では出会えないような感情を経験することができるのだ。
物語の世界と現実の世界の違いは、映画館を出て日常に引き戻されたときに、はっきりと感じることができるだろう。
この余暇の聖域であるフィクションの世界は、宗教的儀式においても中心的な役割を担っている、とまで論を進める学者もいる。
外界から隔絶された聖なる場所において、人は精神の劇場に参加する。
その劇場では、ものや言葉が特別な意味を持ち、人々の中に敬度な気持ちを呼び起こす。
宗教の儀式は真剣で張りつめた雰囲気のものであり、その意味では「ふつうの世界」の仕事のようであるが、上記のような観点から眺めれば、むしろそれは余暇に近いといえるだろう。
しかし、区別することは大切だ。
芸術にも本物とジャンクがあり、ジャンクな芸術はジャンクな余暇を助長する。
金もうけ主義の映画や音楽から生まれるものは、安っぽい感情だけである。
二番煎じやワンパターンの本は、精神のポップコーンだ。
お腹はいっぱいになるかもしれないが、満足はできない。
テレビのコメディで笑いの効果音が入れば、確かについ笑ってしまう。
しかし、それは他の誰かの笑いである。
生物学者のJ・Kは、『I』と題されたエッセイ集の中で、ポピュラーカルチャーのことを「精神の寄生虫」と呼んでいる。
「私たちの精神のエネルギーを吸い尽くすだけで、なんの見返りもくれない」からだ。
この考え方は、なにもエリート主義的な偏見ではない。
ときにはビーチでミステリー小説を読むのもよいものだし、特大のハンバーガーを食べるのも、たまにであれば楽しいものだ。
悲しむべきは、この「ときには」や「たまに」が、どんどん日常化していることだ。
私たちは、高尚な芸術に対してどうも身構えてしまう。
美術館にいく、Bのコンチェルトを真剣に聴く、バレエを観る、独立系の芸術的な映画を観る、Sのソネットを読む、どれもなんだかご大層でめんどくさそうだ。
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